「退職金」がなくなる時代? ~王子HDとタキロンシーアイの事例から考える老後資金準備~

退職金

近年、「退職金制度の見直し」というニュースを目にする機会が増えています。2026年春入社者から退職一時金制度を廃止すると発表した王子ホールディングスのニュースは、多くの人に衝撃を与えました。また、伊藤忠商事グループの化学メーカーであるタキロンシーアイも、退職給付制度を見直し、確定拠出年金を中心とした制度へ移行する動きを進めています。こうしたニュースを見て、「退職金がなくなるの?」、「老後は大丈夫なの?」、「会社員のメリットが減るのでは?」と不安に感じた方も多いのではないでしょうか。しかし、これらの動きは単なる福利厚生制度の変更ではありません。日本社会そのものが、『会社が老後を支える時代』から『自分で老後資金を準備する時代』へ移行していることを象徴する出来事なのです。そこで、今回は退職金制度見直しの背景と今後の資産形成について考えてみたいと思います。

そもそも退職金制度とは何だったのか

    
現在40代以上の方の多くは、「定年まで勤めれば退職金がもらえる」という考え方に馴染みがあると思います。日本企業の退職金制度は、終身雇用制度とセットで発展してきました。新卒で入社し、30年から40年勤務する。その功労に報いる形で退職時にまとまったお金を支給する。これが日本型雇用の代表的な仕組みでした。例えば大企業では、1,500万円とか、2,000万円とか、場合によっては3,000万円以上という退職金が支払われるケースも珍しくありません。老後資金の大きな柱として、「退職金があるから何とかなる」と考えてきた人も多かったと思います。しかし、この前提が少しずつ崩れ始めています。

王子ホールディングスが打ち出した大転換

王子ホールディングスは2026年4月以降に入社する社員を対象に退職一時金制度を廃止すると発表しました。これまで退職金として積み立てていた原資を、基本給、賞与、確定拠出年金(DC)へ振り替える仕組みに変更します。つまり、「退職時にまとめてもらう」から「現役時代に受け取る」へ変わるのです。会社側の説明では、中途採用比率の上昇、人材流動化への対応、多様な働き方への適応が背景にあるとのことです。実際、現在の若い世代は転職に対する抵抗感が少なくなっています。一つの会社で40年間働くことを前提に制度を作るよりも、「どのタイミングで転職しても公平な制度」の方が実態に合っているという考え方です。

タキロンシーアイも進める制度改革

同様の流れは王子HDだけではありません。タキロンシーアイでも退職給付制度の見直しが進められています。従来の退職一時金中心の制度から、企業型確定拠出年金(DC)を活用する方向へシフトしています。これは近年の企業年金改革の典型例です。退職金を約束する制度から、掛金だけを約束する制度へ。企業が将来の支払額を保証するのではなく、運用成果は個人が負う。その代わり転職しても資産を持ち運べる。そうした制度設計へ変わりつつありますが、ある意味、合理的な考えかと思われます。

なぜ企業は退職金を見直すのか

    
理由は大きく三つあります。

① 終身雇用の終焉

最大の理由はこれです。昔は定年まで働くことが前提でした。しかし現在は、転職、副業、再就職、フリーランスなど働き方が多様化しています。実際に厚生労働省の統計でも転職者数は増加傾向にあります。企業から見れば、退職金制度は長期勤務者向けの制度です。ところが社員が途中で転職するなら、そのメリットは薄れてしまいます。

② 企業の財務負担が大きい

退職金は企業にとって将来の負債です。社員数が増えるほど将来の支払義務も増えます。さらに、低金利、運用環境の変化、平均寿命の延伸によって企業年金制度の維持コストは増加しています。企業としては、将来支払う約束を減らしたいという事情があります。

③ 人材獲得競争

若手人材は、30年後にもらえる退職金より今の給与を重視する傾向があります。例えば、毎月2万円給与が増えるのと40年後に1,000万円もらうのでは、若い世代の多くは前者を魅力的に感じます。企業も優秀な人材を確保するため、給与重視型へ移行しているのです。

本当に損なのか?

退職金が廃止されると聞くと、「損をする」と感じる人が多いでしょう。しかし実際は一概には言えません。例えば退職金の原資が毎月の給与に上乗せされる場合、そのお金を自分で運用できるというメリットがあります。仮に毎月2万円が給与へ上乗せされ、それを30年間積み立てたとします。積立額は720万円です。さらに年5%で運用できれば約1,660万円になります。つまり、退職金をもらうのではなく退職金の原資を自分で育てるという考え方もできるのです。

しかし見落としてはいけない「税金」

ここで重要なのが税制です。実は退職金には非常に大きな税制優遇があります。それが「退職所得控除」です。一般の給与や賞与には所得税や住民税が課税されます。しかし退職金は特別扱いされています。長年の勤務に対する功労金という考え方から、大幅な優遇措置が設けられているのです。

退職所得控除とは

退職所得控除は勤続年数によって決まります。
20年以下の場合、40万円×勤続年数
20年超の場合、800万円+70万円×(勤続年数-20年)です。
例えば40年間勤務した場合、800万円+70万円×20年=2,200万円となります。つまり退職金2,200万円までは実質的に非課税に近い扱いになるのです。

退職金2,000万円なら税金はほぼゼロ

例えば勤続40年で退職金2,000万円の場合。退職所得控除は2,200万円です。退職金の方が控除額より少ないため、課税所得はゼロです。所得税も住民税も基本的に発生しません。これは非常に大きなメリットです。

給与で受け取るとどうなるか

一方、同じ2,000万円を現役時代の給与として受け取った場合を考えてみましょう。給与には所得税・住民税・社会保険料がかかります。年収帯にもよりますが、税金と社会保険料で30%以上負担するケースもあります。単純計算すると、2,000万円のうち600万円以上が税金や保険料として差し引かれる可能性があります。つまり、税制面だけ見れば退職金として受け取る方が圧倒的に有利なのです。

それでも給与化が必ずしも不利ではない理由

では退職金制度廃止は損なのか。実はここが難しいところです。例えば40歳で受け取ったお金を20年以上運用できるとします。仮に年間5%で運用できれば資産は大きく増加します。税制優遇を失ったとしても、運用益によって十分に補える場合があります。つまり比較すべきなのは、税制優遇だけではなく運用期間と運用成果なのです。

最大のポイントは「自分で運用する力」
資産運用

   
ここからが最も重要です。退職金制度改革の本質は、お金の管理責任が企業から個人へ移るということです。従来は、会社が管理、会社が積立、会社が運用していました。しかし今後は、自分で管理、自分で積立、自分で運用する時代になります。

確定拠出年金(DC)とは

その象徴が確定拠出年金です。企業型DCでは会社が掛金を拠出します。しかし運用先を選ぶのは本人です。定期預金を選ぶ人もいれば、投資信託を選ぶ人もいます。そして運用結果によって、将来受け取る金額は大きく変わります。

運用の差は想像以上に大きい

例えば毎月2万円を30年間積み立てた場合。運用しなければ720万円です。しかし年5%で運用できれば、約1,660万円になります。同じ掛金でも、倍以上の差が生じるのです。これからは、「退職金がいくらもらえるか」ではなく、「どれだけ資産形成できるか」が重要になります。

退職金神話はすでに崩れ始めている

そもそも、すべての会社に高額な退職金があるわけではありません。中小企業では、退職金制度がない企業もあります。また制度があっても、数百万円程度の場合もあります。実は、「退職金で老後は安泰」という考え方自体が、すでに過去のものになりつつあるのです。

老後資金2,000万円問題の本質

2019年に話題となった「老後2,000万円問題」を覚えているでしょうか。この問題の本質は、退職金が減るという話ではありません。人生100年時代において、公的年金だけでは不足する可能性があるという話です。そこへ退職金制度の見直しが加わることで、個人による資産形成の重要性はさらに高まっています。

NISAが重要になる理由

現在の資産形成制度で中心となるのがNISAです。NISA最大のメリットは、運用益が非課税であることです。通常なら利益に20.315%が課税されます。しかしNISAでは課税されません。長期積立との相性は抜群です。退職金制度が縮小する時代だからこそ、早く始めることが大切になります。

iDeCoも老後資金準備の有力な選択肢

個人型確定拠出年金(iDeCo)はさらに強力です。掛金が所得控除、運用益非課税、受取時も税制優遇という三重のメリットがあります。会社の制度変更を待つのではなく、自分自身で老後資金を準備する手段として活用できます。

最後に
最後に

  
ここまで見てきたように、退職金制度は大きく変わり始めています。しかし本当に重要なのは、退職金があるかないかではありません。自分は将来いくら必要なのかを把握しているかどうかです。住宅資金、教育資金、老後資金といった人生の三大資金を整理し、将来の収支を見える化する。これがライフプランです。ライフプランがあれば、退職金が減っても慌てません。逆に退職金があっても、計画がなければ不安は消えません。退職金制度がなくなるというより、老後資金準備の責任が企業から個人へ移りつつあると考える方が正確でしょう。これからの時代は、会社制度を理解する、企業型DCを活用する、NISAを活用する、iDeCoを活用する、ライフプランを作ることがますます重要になります。「退職金がなくなるから不安」ではなく、「自分で資産を育てる力を身につける」ことこそが、これからの時代の安心につながるのではないでしょうか。将来の安心は、会社が与えてくれるものではなく、自分自身で設計していくものへと変わり始めています。

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